京都の会便り

2023年9月号
8月31日更新



★★凛塾合宿のお知らせ★★

 今年も開催します!

一日だけ参加も出来ますので、是非ご参加下さい。
参加申し込みは奈良の会・佐藤師範までお願いします。


☆日時 :9月9日(土)午後1時~9月10日(日)午後5時(1泊2日)

☆場所 :千光寺ユースホステル
℡:0745(45)0652
〒636-0945生駒郡平群町鳴川188 
近鉄生駒線「元山上口」駅から徒歩で約1時間、
「東山」駅から徒歩で約40分

☆参加費:  大人10,000円  
         小人・学生7,000円
       (1泊3食付)

☆持ち物: 道衣(ジャージ等でも可)、洗面用具、
着替え、水着(滝に打たれる方)、凛學冊子、筆記用具、
般若心経写経(写経された方だけで結構です)


①京都の会 各練功会の練功状況  

※各練功会とも、状況を見ながらの練功活動になります。

◎小松原練功会・・・ 各自間隔を取って、形練習と体操などを行なっています。
◎西京極練功会・・・当面の間、政府のガイドライン変更に合わせ
練功時に換気の励行をした上で、マスクの着用を任意にしています。
入室時の手指消毒、検温は継続します。
体調の悪い方の参加はお断りしています。  

②京都の会 9~10月の予定

*佐藤師範の次回巡回指導日 
9月 24日(日)

10月
22日(日)の予定です。
基本第4日曜日ですが、変更があればお知らせします。
午前は10時~12時、午後は2時~5時です

「凛道司」佐藤師範が小松原で指導されます。参加できる会員の方はぜひ!
◎参加費 ・ 一律500円

<この他、何か予定が立てば決まり次第、この項で掲示します>

  


<コラム>木下代師範のつれづれ日誌 comming soon!

 ★塾生レポート(加藤・記)





 
 
夏でも私は山を登ったりトレイルランニングしたり、神社を参拝したり、あちこち自然をまわりました。


蝉とヒグラシの鳴き声を聞きながら、夏から秋に変わりゆく季節だなと感じました。
皆さまは夏をどうお過ごしでしたでしょうか。

 この夏は京都の愛宕山、大阪と奈良にまたがる生駒山系、和歌山の熊野古道を楽しみました。
自然を神様として祀るのは世界的にみても日本の神道だけではないでしょうか。
 自然の中を走ると石ころや木の根っこ、地面の起伏があり、足の着地がうまくいかないことがあります。
この時、足首が硬いと捻挫や靭帯を損傷する可能性があります。以前、普通に階段を駆け下りているとき、
足をひねって、靭帯が伸びて(損傷)、靭帯の付け根の骨が引っ張られて剝離骨折したのを覚えています。
一ヶ月ほどはギプスで固定し、完治するまで3ヶ月ほどかかり、生活が不便で運動も制限されました。
そのため、普段から足首を柔らかくしておく必要があると痛感しております。
それから、凛塾で浴功を学び、ほぼ毎晩の風呂で足首を回して柔らかくしています。
 トレイルランニングをしていると、山を駆け下りるとき、自然の空気が肺に入り、気が満たされ、
風にのっているようで爽快感がたまりません。だから、山の下り坂はいつも走って降ります。
その時、足を捻ることが多々あります。足の甲が小指から裏返り地面に接して「あっ!!」と思います。
しかし、浴功のお蔭で怪我することはありません。
 怪我したことがあるから感じるのですが、捻った時に靭帯が伸びる感覚がわかるのです。
怪我する時は無理やり引っ張られている感覚が強いのです。一方で、浴功後は靭帯が伸びる感覚はあるのですが、
元の状態に戻ると、伸びたゴムが戻るような感覚で痛くもないのです。この浴功の効果は私にとって大変有難いものです。
 普段から身も心も柔らかくしておく必要があるなと思った夏でした。



残暑は続きそうですが、神気を取り入れ柔らかくすごしたいなと思いました。


★「あおさんブラブラ歩(ある)記」(第23回)日帰り山ブラ編⑤(小嶋・記)   

◎山ブラ(登山)編 【赤坂山(あかさかやま)】


 今回は数年前の2月初旬に登った「赤坂山(823.8m)」です。
滋賀のマキノ高原から登ったので滋賀の山かと思っていましたが、
福井県の山でした(正確には滋賀と福井の境)。
景観が良く花が有名な山のようですが、行ったのは季節外れの冬。
当然アイゼンを持参して、三国山縦走も最初は予定に入っていました。

当時、北区に在住していた登山の相方宅へ、午前6時半に車で迎えに行き出発。
幸い国道には雪は積もっておらず、午前8時17分に現地駐車場着。
いつものように着替えと準備体操をしてから午前8時40分に登山スタート。 

 
駐車場では薄日がさしていた
 
登山口の道しるべ
 
途中の休憩地点で

陽の指しているところはまだ積雪は知れているが、樹木で日陰になっているところは雪が積もる。
何回か日帰りでの雪山を経験してるので、淡々と進み10時18分に頂上到着。

さて、ここから三国山へ縦走するかどうか。
赤坂山の道中は登山者もいて、雪の上を何人もの人が踏んでいった後があったが、
三国山への道を見ると結構な積雪で足跡がない。頂上に来ていた他の登山者を見ていると、
三国山へは行かず赤坂山頂上でUターンしており、相方と相談の上、
ここは無理せず安全策で10時32分に下山を開始する。

途中11時頃に小休止をとった後、正午前に無事駐車場へ戻ってきた。
着替えや簡単な整備運動を終え12時14分に駐車場発。
今回は三国山縦走をやめたため、予定よりかなり早く正午過ぎに帰路となったので、
帰りに有名な高島の「並木道」に立ち寄り、さらにそば屋で手打ちの十割そばに舌鼓を打ち、帰宅しました。

   
山頂に到達後、当初の予定だった三国山縦走は取りやめて、下山する


高島トレイルの案内板
 
有名な高島の並木ロード
 
十割そばを食べに

<続>





 ●凛道実技紹介<第43回>


<羅天(らてん) 第1回> 

【「羅天」について】

 「羅天」は亀傳のうちの「周天之拳」に配置されている。
手元の資料(以前に入江宏和先生より送って頂いた、廣川弘先生直筆のもののコピー)に拠ると、
1975(昭和50)年に廣川先生は「円容拳(えんようけん)」「悟空拳(ごくうけん)」を創始されています。

 私(佐藤)が入門したのが、1983(昭和58)年の春ですので、私も「円容拳」という名称で習い始めました。
当時「円容拳」には「前半」と「後半」があり、「前半」から「後半」へはスムーズにつながるようになっていました。

1985(昭和60)年11月。
「円容拳」という名称では、中国拳法のように受け取られてしまう可能性があるので
「円容之拳(えんようのけん)」に改め、「前半」と「後半」の呼び名も「円容一部之拳」と
「円容二部之拳」に改められました。そして呼び名だけでなく、
1986(昭和61)年7月には「円容二部之拳」に新たな動きが組み入れられました。
同年9月の合宿では「円容一之拳」「円容二之拳」と改められ、
初めてビデオカメラを使って門下生の演武も撮影されたのです。
後日、その映像を見られた廣川先生は「円容之拳」の構成が長く、
どうしても途中『気』が途切れてしまうところがあるので、
同年12月に「円容之拳」とは別に「円容簡易之拳」を新たに創作することを始められました。

 翌1987(昭和62)9月に京都・嵐山で行われた合宿では、今までの「円容簡易之拳」を「円容一之拳」、
そして今までの「円容一之拳」、「円容二之拳」をそれぞれ「円容二之拳」、「円容三之拳」とされました。

 1989(平成元)年7月。
「円容一之拳」を「冠」つまり「円容冠」に、「円容二之拳」を「臨」つまり「円容臨」に、
「円容三之拳」を「旺」つまり「円容旺」と改称されました。
これらは四柱推命の十二運から採られたと思います。

 1990(平成2)8月。
「円容臨」と「円容旺」の起勢(『形』が始まるときの動き)がそれぞれ変わり、完全に2つの『形』となりました。
(のちに廣川先生は「円臨」「円旺」という略称を使われています)

 同年10月。廣川先生がH氏に宛てた手紙のコピーが送られてきました。


 …「前略、ようやく秋の気配となりましたが、先ず以てお詫びしなければなりません。
それは先日お手紙した集会を来春まで延期したいのです。

 今、私は円容冠を完成しました。 
 これはまさに阿修羅の拳と自負しております。
 そしてこの事が又、私を狂気にかりたてます。

 かつて十五年程前 はからずも中国拳法の導入に目を開いた私が、
それ迄の自己の空手を大きく変化させたのが第一段階とすれば、
それからのこれを機とする諸々の研究と自己反省が、いよいよ第二段階への移行を囁きはじめました。

(中略)

 凛道とは今も『より自由に はつらつとした人生を歩む道』であることに変わりありません。
 そしてその為にはどうしても人間の持っている『くせ』と云う不純物を取り去り 
その透明な心身にしてはじめて浮かび上って来る『気』を体感し、
これを円転自在の動きの中に用い様とすることで果たすのです。

 これを云うと大変難しい様に感じますが、
私の見えて来た法によると一寸(ちょっと)した呼吸のとり方とイメージで今迄より遥かに容易に、
短期間に達成させることが出来ると思えて来たのです。
そしてこれこそ広義の強さであり、この強さの故にこそ人間は自由であり得るのです。

(後略)」…

 以上のような手紙のコピーと一緒に私宛には

 …「前略 お電話ありがとう。 ここにH君に宛てた手紙のコピーを同封しますが、
円容冠の発表は、ここに書いてある理由により、来春にのばしました。

 それ迄に貴君と、M君、西口君と等で、最終の詰めにまでもっていきたいと思うからです。
宜しく頼みます。(後略)」…


 と、ありました。

 しかし、手紙に書かれていた集会は開催されませんでした。
より良いものを目指す廣川先生は「円容冠」を他のいろいろな『形』のコピー原紙とするべく
改良を加えていかれたのです。

 そして1994(平成6)年12月、「円容冠」があまりにも難しくなりすぎた為、
「円容冠」とは独立させて、その一部分を「羅天」という『形』にされました。
(「羅天」の名称の由来は、『羅』は仏教の『羅漢』や『阿修羅』や『十二神将』…『迷企羅』などを表し、
『天』は『飛天』や『梵天』そして『帝釈天』などを表しています)

 「羅天」は、より気の功の部分がウエイトを占めています。

 又、「円容冠」は1997(平成9)年10月、「法冠」と名を変え、
「円容冠」は「羅天」と「法冠」とに発展的に分かれたかたちとなりました。

 

           <次回も「羅天」を予定しています>




<次号予定>

*会員レポート
*凛道実技紹介(羅天・第二回)
*「あおさんブラブラ歩(ある)記」(第24回)日帰り山ブラ編⑥(休止の可能性あり)

★次回の更新は2023年11月1日の予定です★

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